食文化

 日 本人は多種多様な料理を食べることができます。特に東京のような大都市で暮らしていますと、定番の中華、イタリアン、フレンチ、アメリカンカジュアル等に 加えて、東南アジア、インド、イスラム、アフリカ、ヨーロッパ各地、カリブ、南米と世界中の料理店がひしめいています。食べ物だけ言えば世界一の多民族国 家といえるかも知れません。しかし海外に出てみると判りますが、地元の料理は食材、調理方法が固定されておりほぼ同様の料理を毎日食べています。海外の特 徴として、チャイナタウン、リトルイタリー、リトル東京、コリアタウンと同じ民族が集まって生活する場所はありますが、街全体に広がっているところはあり ません。なぜそのようなことになるのかというと世界各国、各地で食文化の形成過程に大きな違いがあるからです。食文化とは食に関わる歴史、地域性、気候等 を含めあらゆる要素で構成されているからです。大きく分けると狩猟民族か農耕民族か、大陸か海洋か、温暖地域化寒冷地域か、山岳か平地か等さまざまな要素 が絡みあってきます。特に重要なファクターは食材の確保の内容により異なってきます。又、食品保存の方法としては、人類の誕生以来、乾燥(干し肉、干物、 乾燥野菜)、塩蔵(ベーコン、ハム、塩辛)、加熱殺菌(缶詰、レトルト)、冷蔵・冷凍(チルド、冷凍食品)の4方法しかありませんでした。中でも冷蔵・冷 凍に関しては人為的に技術が確立されてまだ50年もたっていません。20世紀に入り追加された方法が保存料であります。この様に何千年に亘る人類の歴史の 中で、生存のための食料確保とその保存方法が4つしかないことが地域によっては限られた食材を何千年に亘り食べてきたことになるわけです。一方温暖な地域 で豊富な食材に恵まれた地域では、保存よりも加工のほうに目が行くのも当然のことと思います。

 こ こで簡単な例として狩猟民族であるアングロサクソンと、農耕民族である日本人を比較してみましょう。大陸で生まれ寒冷地発祥のアングロサクソンは一定の集 団で人間よりも強い野獣を狩猟することで生存してきました。ろくな武器もない原始の時代には、常に獲物にありつけるとは限らず、生肉を乾燥したり冬場は冷 却したりして食べつなぐとともに、火の利用を覚えてからは加熱することで保存してきました。又、19世紀の大航海時代には船用の保存時技術として塩蔵が持 ちいられる様になりました。

 西洋料理の基本となるフランス料理は16世紀 にフランスのアンリU世にイタリアから嫁入りしたカトリーヌ・ド・メディシスが連れ てきたイタリア料理人が発祥といわれています。海洋国であるイタリアから内陸国であるフランスに渡った料理人は、異なる食材から新しい肉を中心としたフラ ンス料理の原型を作ったのです。羊や野禽を中心とする食材は保存中に特有の臭いがありますので、その矯正が重要な要素となり、世界に冠たるソース料理が出 来上がりました。さらにその臭いの矯正と保存を目的とした胡椒獲得のためにインドに向けて航路の開発と植民地化が進んだわけです。この様にヨーロッパの歴 史の一面は食材の確保のための歴史の一面を持っています。イギリス、スコットランドや北欧諸国の料理には胡椒を利用したメニューは少なく、芥子やラディッ シュが香辛料として利用されてきました。ヨーロッパでもドイツ以北の寒い地域ではジャガイモがメインで、フランス以南は小麦がメインのメニュー構成になっ ています。この様な長い時間をかけて発達したフランス料理に関しても食材の保存方法(特に冷蔵による鮮度を保つことが可能になった)の発達は、伝統的な オートキュイジーヌと呼ばれるこってりした味付けから、1980年代にはヌーベルキュイジーヌと呼ばれる素材を生かした、あっさりとした味付けのフランス 料理を生み出してきています。

 一 方日本を見てみますと、世界でも珍しい山国で、山に降った雨が川となり栄養豊富な土壌を運び、河口付近に豊かな土壌地域を形成しました。狭いとは言え、豊 富な山の幸と農耕に適した土地、河口付近の魚貝類と、定住に適した環境でした。又、日本の四季は季節毎の豊富な食材を提供してくれるため、長期の保存とい うより食加工の面での保存技術が発達しました。又、農耕の収穫物は自然乾燥にて保存が利くことにより安定した食料の確保が可能になりました。日本列島は南 北に長く中央を山脈は貫いているため、冬場に寒い地方では各種の塩蔵食材にて冬を乗り越え、暖かい地方では塩蔵、乾燥により食材の備蓄、加工を行ってきま した。又、食材が豊富で新鮮と言うことは素材の味をそのまま利用できるため、矯正の必要がなく、調理方法も素材の味を生かす簡単なものでした。日本料理は 素材を主役にかつおと昆布のだしをベースに味噌、醤油等の調味料に醗酵食品と大変幅の広い調理方法を開発しましたが、これはすべて、食材毎に適した調理方 法を開発してきたからだと思います。ひとつの食材に何十もの料理方法があり、それも季節毎に食材の質に合わせて用意されているという世界に類の見ない食の 世界を構成しています。

 ただ、残念なのは先にも述べました様に、昨今 の料理は味が濃くなってきており、一時期もてはやされた料理の鉄人の主役の店に行って みますと画一的な味のオンパレードであり必ずしもおいしいものではありませんでした。(私評)和の道場の命のだしは、大量の昆布とかつおを使用しますが、 多すぎますとグルタミン酸とイノシン酸の相乗効果を超え、ハイミーの世界になります。又フレンチの坂井はコンソメがすべての味の基本イなりますが、グルタ ミン酸Naを使用するためすべての料理が同様の味付けになってしまいます。最後の中華の陳にいたってはグルタミン酸Naと唐辛子ですべての味が決まってし まう状態です。この様な料理が未だに人を引き付ける原因は、濃い味付けにならされてしまったことにより、繊細な薄味では満足できなくなっていることと、先 ほども述べたように、頭で考える傾向が強くマスコミが取り上げるとすぐに飛びつき、有名人が美味しいと言うから美味しいのだろう、みんなが美味しいと言う から美味しいと思い込む傾向があります。

今 の日本では、大多数の意見(マスコミ主導による)と異なる意見を言うことは大変難しい傾向にあります。個々人がそれぞれの経験と知識に基づき意見を述べれ ば、もっと活力にあふれた社会になるのではないかと思います。権力や組織に自発的に服従することで新しい発想や変革は生まれません。日々の努力と見聞を広 め自分に自信を持つことで、自分の意見を述べられるそんな人々が今求められているのではないでしょうか?

多 少食文化論より外れてきたとお思いかも知れませんが、食文化論の背景は人種、民族、宗教等さまざまな文化論のごく一部でしかありません。簡単に言うと狩 猟民族は契約に基づく個人主義で個々の意見を大事にする傾向があります。この原因は、狩猟による獲物は限りがあり、ここの契約(役割)により獲物の配分が 決まり、強いものが、弱いものを守ることで集団を維持していかなければならないことに起因しています。対して、農耕民族は話し合いによる合議の結果に従う ことで、備蓄された食糧が配分され仕組みのため集団をまとめる長の言うことに従えば基本的には食料にありつけるということに起因していると思います。極論 かも知れませんが食文化から見るとこの様な説明になります。

こ の様に、食文化論は大変奥深く、各大陸、各国、地方毎に異なり、その食材、調理方法にもその歴史があります。食に携わる皆様も、たまには歴史を紐解き、食 とのかかわりを調べてみると新しい世界が広がることと思います。最近食生活の指導で減塩をよく言われます。医師はその説明でアフリカのサバンナの人々は調 味料に食塩がなく、食塩摂取なしで生活しているから、食塩など取らなくてもいいという説明をすることがあります。しかし、サバンナの食生活を調べると、動 物を解体して食物とするときに内臓から血液まですべてを利用します。動物の(人間も)体内にも一定量の塩分が含まれており、余分な塩分は排泄されますが、 摂取塩分が足らなくなると低塩症で最悪の場合死に至ることもあります。犬や猫のえさから塩分を抜いてしまうとすぐに土を食べるようになります。本能的に土 中の塩分を補給するようになります。この様に医師であっても専門外には表面的な説明で間違ったことを言う場合があるように、文化論は学べば学ぶほど奥が深 く、広いものです。ぜひチャレンジしてみてください。



戻 る